● ワルキュ-レの騎行
「ワルキュ-レの騎行」と曲の名を聞いても 何の曲だか判らない人は多い。
映画好きの人ならば「地獄の黙示録」(監督:コッポラ)の中で 編隊を組んだヘリが村を焼き払うシ-ンで 指揮官のキルゴア中佐(ロバ-ト・デュバル)が「ミュ-ジック・スタ-ト」と流した音楽が この「ワルキュ-レの騎行」だ…と言えば「あぁ…」と判ってくれるはずである。
陸上自衛隊の規模の大きい駐屯地や ヘリ隊が配置されている駐屯地の駐屯地祭りに行くと ヘリによる曲技飛行や レンジャ-隊員を空中降下させるのを実演で見せてくれるのだが、その時にも よくBGMで流していたりする。
ヘリに限らず、空一杯に沢山の機体が編隊を組んでる様を眺めながら聴くのには「ワルキュ-レの騎行」ほど 見事にハマったBGMは無い。
私は音楽的に造詣が深いわけでは無い。
だから、曲を聴いて 個人的に「好きか嫌いか」みたいな簡単な判断しか出来ない。
その結論が「ワルキュ-レの騎行は 大好きな音楽である。」という事だ。
ところがね、音楽に造詣が深い人に言わせると「ワグナ-が好き」な人の事を「ワグネリアン」と呼ぶのだそうだ。
この「ワグネリアン」というカテゴリ-には ただ単に「ワグナ-が好き」と言う人もいれば、「ワグナ-に信奉している」とか「ワグナ-に心酔している」と言う人も含まれる。
たとえば米映画の作曲で有名な ジョン・ウィリアムズ(スタ-ウォ-ズやス-パ-マンのテ-マ作曲者)は ワグネリアンだ…という話が 以前、アメリカで議論されたことがあるそうだ。
元々、ワグナ-の音楽は オペラの為に作曲された曲が多い。
つまり、判りやすく言えば 舞台演劇のBGMとしてである。
映画とオペラ どちらも、ベ-スとなるスト-リ-に準ずる意図で作られた曲という観点から考えれば そのスト-リ-が勇壮・雄大だったり、戦闘系、純愛系などのジャンルが似れば 似た様な曲調になっても不思議では無い。
ただ、この時 個人的に気になったのは「ワグネリアン」という表現には先述した「ワグナ-が好き」というだけの意味だけでは無く、もっと違う差別的意味合いを感じ、ちょっと引っかかっていた。
後年になって その「引っかかり」の理由が判ったのは ジョン・ウィリアムズが「シンドラ-のリスト」という映画の曲を手がけた時の事だ。
要するに、ヨ-ロッパではワグナ-の音楽を「ナチスのテ-マ」と捉えて忌み嫌っている人が多いらしいのだ。
ヒトラ-が「ワグナ-の大ファンだった」というのが最大の理由らしいのだが、ナチスが集会を開いたり、宣伝映画を作ったりした時に ワグナ-の音楽がBGMとして多用された…のが
「ワグナ-」=「ナチスのテ-マ」
ゆえに
「ワグネリアン」=「ナチス信奉者」
という関連づけで捉えてしまう感覚の持ち主が多いのだそうだ。
ゆえに、「シンドラ-のリスト」とは ユダヤ人の虐殺、それを救おうとした人物のスト-リ-であり、その音楽を「ワグネリアン」のジョン・ウィリアムズに書かせるのか?…という議論になったのだそうだ。
私の様に 曲を聴いて 個人的に「好きか嫌いか」みたいな簡単な判断しか出来ない人間には「シンドラ-のリスト」のテ-マは 実に良い曲だと思っているし 映画にも、よく合っていたと感じている。
しかし、「ワグネリアン」という考え方にとらわれた物の見方をすると もう、それだけで「シンドラ-のリストは駄作だ」とも成り得るわけなんだよね。
そういう話に触れて思った事は、簡単に「自分、ワグナ-が好きっス!」とは 間違った場所では言ってはいけない…という事なんだな。
以前、別コラム「フッと思い出した事。」にて述べた 自称:バイオリニスト(芸術家もどき)から聞いた話だが、
「ワグナ-の音楽は 芸術作品とは少し別だと思うの、だって ワグナ-の作曲意図には聴衆を引きつけようとする作為的な意図を感じるのね。 簡単に言えば”媚びてる”って事。 私が師事しているイギリスの先生は 絶対にワグナ-は認めないの」
それを聞いて 私は ますますワグナ-が大好きになった。
以来、クラシックかぶれの友人に「最近、どんな曲 聞くの?」と聞かれたら「俺、コテコテのワグネリアンだからさ…」と胸を張って応えている。
それが「ワグネリアン」という表現の正しい使い方かどうかも知らずに…
